天満ぶらぶら~天神橋七丁目交番は旧陸軍が暴走し始めたきっかけ「ゴーストップ事件」の舞台

まち歩き

まいど(c_c)/

わが街・天満は、上方落語や朝ドラの舞台にも登場します。

それだけではなく、歴史を動かす舞台となった場所もあるんです。

天六交差点北側にある「天神橋七丁目」交番は、旧陸軍が暴走し始めるきっかけをつくった「ゴーストップ事件」の舞台だったそうです。

ん?「ゴーストップ事件」って何でしょうね?

「天六 事件」でググると上位表示されるもの

天六近辺に住もうと考えていた時、「天六 事件」ってGoogle検索しました。引っ越し先の治安とか街の雰囲気って、暮らすには気になる情報ですからね。住む人に聞くのも有効です。

ググった結果、上位表示されたのは、「ゴーストップ事件」と「天六ガス爆発事件」でした。

この結果は、15年前と今もあまり変わりません。

天六ガス爆発事件とは?


ゴーストップ事件・天六事件とは?

ゴーストップ事件の現場 天六交差点

ゴーストップ事件(ゴーストップじけん)は、1933年(昭和8年)に大阪府大阪市北区の天六交叉点で起きた陸軍兵と巡査の喧嘩、およびそれに端を発する陸軍と警察の大規模な対立。「ゴーストップ」とは信号機を指す。別名は天六事件、進止事件。

満州事変後の大陸での戦争中に起こったこの事件は、軍部が法律を超えて動き、政軍関係がきかなくなるきっかけの一つとなった。

Wikipedia「ゴーストップ事件」より引用

天六交差点で、戦前にそんな大きな事件があったんですね。「軍部が法律を超えて動き、政軍関係がきかなくなるきっかけの一つ」となった事件が天六の交差点で起こったことを知って、驚いたのを覚えています。

Wikipedia以外にも、ゴーストップ事件について説明しているページがいくつかあります。


ゴーストップ事件の舞台となった「天神橋七丁目交番」

ゴーストップ事件の当事者の1人である警察官は、天神橋七丁目交番のお巡りさんだったという話があります。

天神橋七丁目交番は、天六交差点から少し北に行ったところにあります。

天神橋七丁目交番の現在の姿

天神橋七丁目交番 2019年の姿

2019年時点で、天神橋筋七丁目交番は、綺麗で近代的な感じです。

天神橋七丁目交番 2019年の姿

2013年春に、マンション「GEO天六」ができるのに合わせて綺麗になりました。

天神橋七丁目交番の以前の姿

天神橋七丁目交番 2012年2月の姿

GEO天六ができる前には、古いけれども、味のある交番でした。

天神橋七丁目交番 2012年2月の姿

ツタが絡んでて味がある建物でしょ?結構好きやったんですが、建て替えられちゃいました。

まー、古かったですし、しゃーないですね。

写真が見つかったので、記事にしてみました。

天神橋七丁目交番は大淀警察署管轄だけど・・・

天満界隈・・・そもそも、天満ってどこからどこまでやねん?問題はあるのですが、、、、その件については、こちらの記事をご参照ください。笑

天満ってどこ?どこまでが天満なん?主観的MAP作ってみた

もとい、天満界隈は、所轄が3つに分かれています。

天神橋七丁目交番は「大淀警察署」の管轄で、その他、「曽根崎警察署」「天満警察署」それぞれの管轄があります。

天六付近は、都島本通の北側が「大淀警察署」管轄で、南側が「曽根崎警察署」管轄になっています。

ゴーストップ事件が起こった時代には、このような管轄ではなかったと思いますが、今起こったら、大淀警察署と曽根崎警察署で、管轄がややこしかったでしょうね。

天満の街は、美味しいもの、面白いものだけじゃなく、歴史もいっぱい。

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