インスタを見てたら、NHK朝ドラ「わろてんか」の公式アカウントが、笹野高史さん扮する喜楽亭文鳥さんの姿が投稿されているのを観ました。
わろてんか公式アカウントが投降したのは喜楽亭文鳥さんの姿だけではなく、喜楽亭文鳥さんが1度だけ風鳥亭の高座に上がったときのチケットも投稿されていました!しかも、天神橋8丁目にあった設定のようです。
わろてんかに登場した喜楽亭文鳥さん良かったです!
笹野高史さん扮する喜楽亭文鳥さん、伝統派と言われる大派閥を仕切る大御所の実力落語家として登場しますが、人情味があって、風格もあって、素敵な落語家さんでした。
わろてんか公式のインスタアカウントには、喜楽亭文鳥さんが高座に上がる姿が投稿されていました。
ん?写真の下を見ると・・・・
●〇って印が・・・2枚目の写真もあるんや。って思って2枚目の写真を見てみると・・・
インスタ投稿の2枚目の写真は風鳥亭のチケット
わろてんか公式のインスタアカウントは、笹野高史さんの姿だけでなく、喜楽亭文鳥さんが風鳥亭に登場した時のチケットの写真も投稿されていました。
わろてんかInstagram公式アカウントより引用
同じ投稿の2枚目なので、気づいていませんでした!風鳥亭のチケットじゃないですか。
笹野高史さんの写真をめくると、このチケットが登場します。
朝ドラの小道具として作られたものですが、過去に実在していたもののように感じるほどよくできています!!
でも、高橋一生演じる伊能栞が主催する寄席のチケットと比べると、端席のチケットですね。伊能栞のほうはカラー刷りでしたもんね。笑
風鳥亭
大阪市北区天神橋八丁目六十一番地
独演会
喜楽亭 風鳥
席主
北村藤吉
午後一時ヨリ
風雨共開演
風鳥亭
ん?北区天神橋八丁目??
話の中で、藤吉が「天満」って何度か言ってたので、天満界隈だとは思っていました。しかも、昔は天満にたくさんの寄席小屋があったと聞いていますから、いくら端席の寄席とはいえ、大阪天満宮の近辺だと思っていましたが、なんと天神橋8丁目ですか!?
大阪市北区天神橋八丁目六十一番地に風鳥亭が!?
もちろん、朝ドラの劇中に登場する住所なので、存在しない住所かもしれません。でも、なにか所縁のある場所かもしれないと思って、調べてみると・・・・
Google MAPで探す限り見つかりませんね・・・
天神橋8丁目は現在も地名で残っていますが、61番地は残っていません。
てんは吉本興業創業者の吉本せいがモデル
NHK朝ドラ「わろてんか」の主人公・藤吉とてんのモデルは、吉本興業創業者の吉本吉兵衛・せい夫婦です。
風鳥亭はなくてもモデルとなった寄席小屋はあるはずと思って調べてみると、吉兵衛・せい夫婦が手に入れたのは、天満八軒の「第二文学館」だとわかりました。
吉本興業の歴史は1912(明治45)年、創業者である吉本吉兵衛・せい夫婦が、
天満八軒のひとつである「第二文芸館」を入手、寄席経営の第一歩を踏み出したことから始まります。
以降、よしもとにとって劇場は、お笑いを発信するホームグラウンドというべき重要な場所となっています。
だからこそ、お客さまを前に繰り広げる生のお笑いは、よしもとの笑いの原点となります。吉本興業「劇場」より引用
ん?1912年に第二文学館を入手?
天神橋8丁目って地名がいつからあるか調べてみると・・・・1927年に天神橋8丁目ができたようです。
天神橋(町名)
天神橋北詰から北へ順に1丁目から8丁目まであり、長柄橋南詰に至る。日本一長い商店街として知られる天神橋筋商店街がある。明治初頭の時点では天神橋北詰から北へ順に天満10丁目・宮之前町・又次郎町・摂津国町(つのくにまち)・綿屋町・夫婦町(めおとまち)・池田町という町名で、1872年(明治5年)に天神橋筋1丁目から4丁目に改編された。1900年(明治33年)に北へ延伸されて5丁目・6丁目を設置し、1927年(昭和2年)に長柄橋南詰まで延伸されて7丁目から9丁目が設置された。1943年(昭和18年)まで7丁目から9丁目は東淀川区に含まれ、同年以降6丁目の都島通以北から9丁目は大淀区に含まれていた。
1977年(昭和52年)に大淀区側が天神橋に改称し、6丁目の都島通以北は7丁目に、9丁目は8丁目に編入された。翌1978年(昭和53年)には北区側も天神橋に改称。1989年(平成元年)、合区により全域北区(新)となった。
天神橋のうち最も有名なのが6丁目で、天六(てんろく)と通称される。他の丁目も同様の通称を商店街などが使用しているが、あまり浸透していない。かつて阪急千里線天神橋筋六丁目駅は天神橋駅と名乗っていた。
と、なると、ドラマで登場した風鳥亭チケットに記載がある住所は全くの架空なんですね・・・残念。
風鳥亭のモデル第二文学館は大阪天満宮の裏にあった?!
風鳥亭は架空です。ドラマに出てくる住所も架空でした。
でも風鳥亭のモデルとなった第二文学館は実際に存在していました。
天満八軒といわれ、大阪天満宮界隈に寄席小屋がいっぱいあったそうです。
第二文学館はどこにあったんかな?と思っていたら、吉本興業100周年記念で上演されたお芝居「吉本百年物語4月公演~大将と御寮ンさん・二人の夢~」に関連する記事で、第二文学館の場所が書かれていました。
■吉本発祥のナゾ
吉本興業の誕生は、明治45年(1912年)4月に大阪天満宮近くの寄席小屋「第二文芸館」を、吉本泰三(吉兵衛)とせい夫妻によって買収したのがはじまりでした。当時の住所でいうと大阪市北区天神裏門。現在の天満天神繁昌亭の向かい側にある駐車場のあたりがその場所です。お笑い“よしもと”の歴史は、この第二文芸館から始まるのですが、最初から吉本の看板を掲げてはいなかったようです。
ほっほー。第二文学館もやっぱり大阪天満宮界隈にあったんですね。
なるほどこの辺か。
これで、なんか納得です。笑
わろてんか第7週は「風鳥亭、羽ばたく」がタイトルでした。
これから、藤吉とてんが吉本興業の基礎を作っていくんですね。
これからも楽しみです。
天満八軒とか、また調べてみようっと。
時うどんは基本中の基本のような演目ですが好きです!
風鳥亭で、大御所の落語家・喜楽亭文鳥が演じたのは時うどんでした。
落語って、同じ演目でも、特に古典の演目は、演じる落語さんによって全く違ってて面白いです。時うどんは、1席目の人とかが演じる、基本中の基本のような演目ですが、だからこそ、落語家さんの個性が出やすいのかもしれませんね。
繁昌亭とか落語会に行くと、若手の人が前座で時うどんを演じることが多いですが、中にはやっつけでやってるように感じる人もいますから・・・・残念です。
桂枝雀さんの時うどん
やっぱ、上手ですね!!枝雀さんの時うどんになってますもんね。
落語関連で気になる商品がいっぱい!
あー、面白かった。
ほなまた(c_c)b
コメント